めがね/作品情報

 春まだ浅いころ。この世界のどこかにある南の海辺の小さな町に、不思議な予感が漂う。
 「……来た」。プロペラ機のタラップを降り、小さなバッグ1つを手に、まっすぐに浜を歩いてくる、めがねをかけたひとりの女。待ち受ける男と女に向かい、彼女は深々と一礼する。
静かな波が寄せては返す。

 時を同じくして、もうひとりの女が空港に降り立った。名前はタエコ(小林聡美)。大きなトランクを引きずりつつ、たよりない手描きの地図を片手に浜を歩き、奇妙ななつかしさをたたえた小さな宿・ハマダにたどり着く。
 出迎えたのは、飾りけのない宿の主人・ユージ(光石研)と犬のコージ(ケン)。 迷わずにたどり着いたタエコに彼は「才能ありますよ」と告げる。「ここにいる才能」。
 次の日、宿の一室で朝を迎えたタエコの足元に、微笑みをたたえためがねの女・サクラ(もたいまさこ)の姿があった。「おはようございます」「何?」「朝です」。

 それから起こるのは、いちいち不思議なことばかりだった。毎朝、浜辺で行われる不可思議な「メルシー体操」。宿周辺でぶらぶらしている高校教師・ハルナ(市川実日子)。人々に笑顔でかき氷をふるまうサクラのこと。観光したいと告げるタエコに、「観光するところなんて、ありませんよ」「たそがれないのに、一体何をしにここに来たんですか?」と皆が不審げに問い返す。
 「……無理」周囲のマイペースさに耐えきれなくなった彼女は、ハマダを出てもう一軒の宿・マリン・パレスへ行く決心をする。女主人・森下(薬師丸ひろ子)の盛大な出迎えを受けたものの、ここもまた探していた場所ではなかった。道に迷い、野中の一本道で途方に暮れるタエコ。そこに、自転車に乗ったサクラが現れる。

 再び、ハマダでの日々が始まった。ペースに巻き込まれ、徐々に自らたそがれはじめるタエコ。そして数日後、彼女を「先生」と呼ぶ青年・ヨモギ(加瀬亮)がハマダに現れる。彼が加わり、さらにゆったりと流れていく宿の時間。が、この時間が決して永遠ではないことを、誰もが確かに感じていた――。

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