めがね/作品情報

「外さないように、失わないように」してきた人生を、
ふっと一回休んで、ここに来た。

しかしなんだろう、ここで出会った人たち。
ひとりで風に吹かれて、微笑んで暮らしている。
疑わない、比べない、求めない。
それは逞しさであり、勇気であり。大きな何か。

ひねもす春の海。
あれほどあこがれていた「自由」に、
ふと手が届きそうな気がする。

You live freely only by your readiness to die.
(死ぬことを恐れなければ、自由に生きられる)

 人が旅に出るのではない、旅が人を連れ出すのだ。ある作家が、旅行記の冒頭に記した言葉です。確かに、人の一生には何度か、何かにさらわれるように旅に出たくなる瞬間が訪れるもの。そのとき、あなたならどこへ行くでしょう。そして、何に出会うでしょう。
 そんな旅のひとつのかたちが、一本の映画になりました。2006年に公開され、静かに熱い反響を呼んだ『かもめ食堂』。そのキャストとスタッフがふたたび集い、今度は南の海辺を舞台に、あらたな物語を生み出したのです。
 登場人物は、3人の女と2人の男。ひとりの女性が、心の赴くままに訪れた南の海辺で、物語の幕が開きます。主人公である旅人・タエコを演じるのは小林聡美。『かもめ食堂』で見せた清潔なたたずまいをそのままに、人生の一瞬にふと立ち止まる等身大の女性をきめ細やかに造形します。彼女を迎える宿の主人・ユージには、数々の映画やドラマで活躍する実力派俳優・光石研。その宿にたびたび出没する若い女・ハルナに、同世代の女性たちを中心に圧倒的な支持を得る市川実日子。また、タエコを追ってやってくる青年・ヨモギを、映画『それでもボクはやってない』などで今もっとも注目を集める加瀬亮が演じます。そして、宿の人々からそこはかとない信頼を寄せられる島の先客・サクラ役のもたいまさこが、不敵かつおおらかな存在感で物語を包み込みます。

 どこへ行くでもなく、何をするでもなく、ただ「たそがれる」。リラックスした彼らの姿からは、人が本来魂に宿している、原始の豊かさが漂います。日常の鎖から解き放たれて取り戻す、自由というもの。その甘美さと切なさを、前作に引き続き監督・脚本を手がける荻上直子が、抑制の効いた描写の中に息づかせています。
 人とは。旅とは。生きるとは。登場人物たちとゆるやかな時間を共有するうちに、心はいつしか大きなものへと向かいます。が、もちろん映画は、そんな命題を軽々と飛び越えたところで成り立っています。南国ならではの透明感あふれる日差しのもと繰り広げられる、生命力を呼び覚ますおいしい食事。心地よい暮らしの風景。凛と胸に響く音楽。そしてそれらをともにする、同志のような仲間の存在。スクリーンから五感のすみずみに届く、ひろびろと手足を伸ばして生きる歓びを、ただ素直に受け止めればいい。たそがれる、それこそが旅の、そしてこの映画の醍醐味なのですから。

 思えば、人生はしばしば旅にたとえられます。その途上での旅とはつまり、一生という大きな物語の中で繰り広げられる劇中劇のようなもの。決して永遠ではないその瞬間を、どこで過ごすか。誰と過ごすか。その果てに、何を知るか。ともあれ、行く先が見えなくなったら、なんとなく世界とピントが合わなくなったと感じたら、それがあなたのたそがれとき。まっすぐに歩いていけば、いつか必ずたどり着く。
あなたもきっと経験する旅、 その理想形が、『めがね』を
通して見えてくるかもしれません。
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